2011年の日本ダービーを勝ち取ったオルフェーブル

最強馬である歴代のダービー馬達

オルフェーブルと言えば、日本競馬界史上に残る名馬と言っても過言ではないでしょう。
破天荒なレースっぷりは、勝っても負けても多くの人から愛されました。夏の新潟でデビューしたオルフェーブルは、3歳のきさらぎ賞までは普通に強い馬でした。
中山競馬場が改修工事のため、阪神競馬場で行われたスプリングステークスで初重賞勝利となりました。

そして、東京競馬場で行われた皐月賞では、2歳時に東京競馬場で行われた、京王杯2歳ステークスで大敗を喫していたこともあり、4番人気でした。
実際のレースでは、圧倒的な強さで1着となり、1冠目を獲得しまして、次の日本ダービーへ弾みをつけました。1カ月後に同じ東京競馬場で日本ダービーが行われました。
この時は堂々の1番人気に推されました。日本ダービーの日は朝から、あいにくの雨で不良馬場となってしまいました。レースは、オルフェーブルの圧倒的な強さが目立ったものとなりました。
見事に日本ダービーを制して、2冠を獲得して、史上7頭目の3冠に王手をかけました。秋の菊花賞を無事に迎え、オルフェーブルは単勝1.4倍の断トツの人気を背負いました。

レースは、直線堂々と抜け出して、危なげなく優勝し、見事3冠馬となりました。秋の有馬記念も制して、この年の年度代表馬となりました。
翌年は、波乱の幕開けとなりました。3ヶ月ぶりとなった、阪神大賞典では順調にレースを進めていたと思っていたら、2周目の4コーナーで外に逸走してしまい、再び態勢を立て直して猛然と追い込んだのですが、2着に敗れてしまいました。
天皇賞で巻き返しを図ろうとしますが、今までと別馬のようなオルフェーブルとなってしまい、全く馬に覇気がなく11着と大敗を喫してしまいました。

次の宝塚記念は、1番人気ではありましたが、ファンも半信半疑の状態となっていました。レースは、天皇賞のレースっぷりが全く嘘のように直線豪快に抜け出して、復活の優勝を成し遂げました。
その後舞台は海外へと移ります。大目標を凱旋門賞として、前哨戦のフォワ賞を快勝した、オルフェーブルは本番凱旋門賞に臨みます。結果は、残念ながら2着となってしまいました。
そして、翌年雪辱を期して凱旋門賞に臨みますが、またしても2着となってしまい、とうとう凱旋門制覇は夢となってしまいました。
引退レースとなった、有馬記念は断トツの1番人気に推され、レースも8馬身差の大楽勝でした。このように、多くの人に愛されたオルフェーブルは、記録にも記憶にも残る馬となりました。